運営者情報

当ブログは、株主優待銘柄の紹介を中心とした情報の提供を目的としております。

主な情報としては以下のとおりです

  • 株主優待銘柄の紹介
  • 株主優待銘柄の業績
  • 株主優待銘柄のチャート分析
  • 時事問題、経済情報の提供

などですが、それに付随した内容も付加します。

仕事上知りえた情報、独自に分析した情報など随時更新していきます。

皆様にも参考にしていただけましたら幸いです。

運営者名:ひろのぶ

投資遍歴

バブル経済がピークを迎えようとしていたころ、自分でも投資をしてみたいと考え、証券会社に口座を作りにいった。

証券口座開設

当時はネット証券といったものは存在せず、知識もなかったので「証券会社といえば野村證券だろう」と思い、仕事で貯めた100万円を握りしめて野村証券の窓口を訪ねた。

しかし・・・

店内に入ってみたが、人はたくさんいるものの誰に何を聞けばいいのかわからない。

しばらく店内をうろうろしていたが
貧相な若造に誰も声をかけてくれなかった・・・。

しかたなく、野村証券を後にして、

「野村証券がダメなら日興証券だろう」

ということで、徒歩圏内にあった日興証券の窓口を訪ねた。

そしてめでたく日興証券で証券口座の開設をすることができたのだ。

担当者として、窓口の女性がついてくれた。

最初に買った株は「マツダ(東洋工業)」だったとおもう。
記憶があいまいだが、おそらく利益にはならなかっただろう。
最も株価が高いころだった。

今のネットトレードのように自分で売買してみたいと考えて、
そのような方法がないか聞いてみた。

すると、ファミコントレードという方法があるということだった。
任天堂のファミリーコンピュータの出始めのころだ。

しかし、その内容は電話やファックスの代わりにファミコンを使うといったもので、証券会社への連絡方法が違う程度のものだった。
しかしそれでも当時は最先端だったのだ。

時代はバブル崩壊へ

バブルのもっともピークに投資を開始したので、株価は下落基調だった。

その頃は債券の金利も高かったので、債券の投資信託を勧められるままに購入していた。

自分自身に知識も経験もなかったが、窓口の女性に勧められるままに売買していたが、
それでも、それなりには利益がでていたと思う。

300万円を握りしめて、フォルクスワーゲンを買いにヤナセにいった。
BMWが六本木のカローラといわれていた時代だ。

当時はポピュラーな商品であった転換社債(株に転換できる社債)も買っていた。
債券として金利が受け取れ、株価が上昇すれば株式に転換して大きな利益が得られるという商品だった。

転換社債はデフォルトになったことがないというセールストークだったが、その後デフォルトになる銘柄があった。
今は亡き「ヤオハン」である。
中国に進出し、巨大スーパーを展開していたヤオハンの転換社債を購入した。

買値からいくらか上昇したところで売却できた。
その後額面を大きく割れて(額面の10%程度)償還されたようなのでラッキーであった。

バブルが崩壊していく過程で、ドカンと下がる日も多くなってきた。

証券会社の店頭の株価の掲示板の前で腰を抜かして立てなくなっている人がいたりした。

そのころは、ほとんど株式の売買はしていなかったので、大きな損失をだした記憶はない。

アメリカでネット証券がスタート

インターネットの普及とともに、アメリカではネット証券会社が設立され、短期売買を行うデイトレーダーが出現していた。

日本国内からも口座開設が可能だったので、英語が話せないにも関わらず、アメリカのネット証券に口座を開設して、ネットトレードを始めた。

まだ、日本国内にネット証券がなかったころである。

当時アメリカではドットコムバブルの真っただ中で、ナスダックを中心に株価が急騰していた。

アメリカでは単位株という概念がないので、少額で売買できるので、仕事が終わった夜にインターネットでアメリカのネット証券に接続し、売買を行っていた。

当時は、IBMやDELL、ヒューレットパッカード、ヤフー、ルーセントテクノロジー、ノキアなどがネット関連として人気があった。

その他、スターバックスやコカ・コーラ、クリスピークリームドーナツ、GM、スリーMなども売買していた。

そんななか、新興銘柄であったアマゾンも購入していた。
よく、昔アマゾンを買っていたら今はすごいことになっていると言われるが、当時はそれほど人気ではなかった。

アップルなどは株価も割安で成長性もないしょぼくて終わった銘柄であった。

ドットコムバブルの時はとにかく、ネット関連なら株価が上がるといった時代で、スターバックスもネットに進出するという発表だけで株価が急騰していた。

日本のバブル崩壊を知っていたからか、これは過熱しすぎではないかと思い始めていた。

ウォーレンバフェット

異常な株価の上昇でアメリカ人は浮かれまくっていた。

当時、ニューエコノミー理論という考えがあった。

ニューエコノミーとは
ITの活用によって極限まで在庫調整が加速された結果、見込み生産や需給のタイムラグが消失し、それによって景気循環がなくなるのではないかという仮説に基づいた新しい経済環境のこと。「ITによる景気拡大は永遠に続く」という意味合いを持っており、90年代後半、アメリカを中心に盛んに提唱されたが、実際にはITバブルの崩壊とともに景気後退が始まった。

景気は永遠に拡大し続ける。景気後退が来ることはない。と考えてみんな株を買っていた。

それとともに、
「バフェットももう終わりだな」
「ドットコム銘柄を買わないなんてバフェットも年老いたな」
という声が聞こえてきた。

バフェットとは何者なのだ?
ということで調べてみると、バリュー投資で資産を築いた人物であった。

今現在では、有名人なので特に説明の必要はないだろう。

しかし当時、国内に情報がなく調べていく中で、

ウォーレンバフェットはバークシャーハザウェイという会社を経営していて、その会社は資産のほとんどが株式で、言うならばバフェットがファンドマネージャーの投資信託のような会社であることがわかった。

当時の株価は1株あたり7万ドルくらいだったとおもう。700万円以上ということでとても手が出ない。

分割しないのが経営方針のようで、そんな姿勢もウォール街で嫌われていた。

しかし、よく調べてみると30分の1で買える株があることがわかった。

ティッカーBRKAに対してBRKBで買えば30分の1。
それでも30万円くらいと、米国株の中では高額だったが買えなくもない。

ドットコム銘柄を処分しながら、バークシャーハザウェイ株を買っていった。

ドットコムバブル崩壊が近づいていた。

ドットコムバブル崩壊

ナスダックのチャート

日本ではITバブルといった方が一般的だが、ついにドットコムバブルはピークをつけ下落に転じていった。

ネット株を処分してバークシャーハザウェイの株を買い進めていたのでラッキーなことにドットコムバブルの直撃は避けることできた。

B株を30株買えばA株になると思ってコツコツ買っていたが、30株買ってもA株にはならなかった。
微妙に違いがあったようだ。

911テロ

911テロ以降、徐々に海外からの資金移動や口座開設がやりにくくなっていった。
国内でもネット証券が着実に成長してきており、手数料も下がってきて、アメリカでトレードするメリットが薄れてきた。

その後、既存口座も閉鎖することになっていく。